天狗と火事

天狗と火事

徳島新聞Web 阿波の民話より
(上)http://www.topics.or.jp/special/122545497817/2008/05/121133426074.html
(中)http://www.topics.or.jp/special/122545497817/2008/05/121142704685.html
(下)http://www.topics.or.jp/special/122545497817/2008/05/121150816694.html

とんと昔(むかし)、あったと。

箸蔵寺(はしくらじ)は大(おお)けな寺(てら)じゃが、今(いま)から二百五十年(にひゃくごじゅうねん)ほど前(まえ)はほんなにおっきょうなかったそうな。

今(いま)の箸蔵(はしくら)はんの上(うえ)の方(ほう)に宝珠寺(ほうじゅじ)ちゅうこんまい寺(てら)があったが、ほの寺(てら)がもとの箸蔵(はしくら)はんじゃったそうな。

宝珠寺(ほうじゅじ)のふもとに、忠七(ちゅうひち)ちゅう年寄(としよ)りの豆腐屋(とうふや)がおった。いつも豆腐(とうふ)を寺(てら)へ納(おさ)めて細々(ほそぼそ)暮(く)らしをたてとった。

ある日(ひ)。おじゅっさんに

「忠七(ちゅうひち)よ、あしたの晩(ばん)、お客(きゃく)さんがようけくるけん、豆腐(とうふ)をようけ持(も)ってきてくれ。ほしてお前(まえ)も手伝(てつど)うてくれ」

って、頼(たの)まれた。

あくる日(ひ)。忠七(ちゅうひち)はやといどと共(とも)に豆腐(とうふ)を寺(てら)へ運(はこ)んで、やといどはいなした。

忠七(ちゅうひち)は残(のこ)って、炊事(すいじ)場(ば)へ入(はい)った。

晩(ばん)げ、おじゅっさんが

「忠七(ちゅうひち)、お前(まえ)は絶対(ぜったい)に客間(きゃくま)をのぞくなよ」と、言(い)い付(つ)けた。

ほれからしばらくすると、お山(やま)の方(ほう)がやかましゅうなった。やがて客間(きゃくま)からようけのお客(きゃく)さんの話(はな)し声(ごえ)が聞(き)こえてきた。

忠七(ちゅうひち)はどんな客(きゃく)か見(み)とうなったが、おじゅっさんに絶対(ぜったい)に客間(きゃくま)をのぞくなちわれとったんで、我慢(がまん)しよった。

ほんで、表(おもて)へ出(で)て履物(はきもん)を見たら人数(にんずう)が分(わ)かるともて玄関(げんかん)をのぞいたが、みょうなことに履物(はきもん)は一足(いっそく)もなかった。ほやけど客間(きゃくま)からにぎやかな声(こえ)が聞(き)こえてくる。

忠七(ちゅうひち)がこっそり客間(きゃくま)をのぞいて、おぶけてしもうた。なんと、顔(かお)の赤(あか)い、鼻(はな)の高(たか)い、目(め)の大(おお)けな天狗(てんぐ)が大勢(おおぜい)集(あつ)まって、酒盛(さかも)りをしよった。

ほしたら、ほん中(なか)の一人(ひとり)が、おじゅっさんに

「えらいご馳走(ちそう)になったけんど、少(すこ)しご馳走(ちそう)が足(た)らん。ほんで、ふもとの村(むら)へ下(お)りて、火(ひ)を付(つ)けて民家(みんか)を焼(や)き打(う)ちしてほれをさかなにして、飲(の)みなおさんか」

ちいだした。ほれを聞(き)いて忠七(ちゅうひち)は腰(こし)が抜(ぬ)けるほどおぶけた。

忠七(ちゅうひち)はこっそり炊事(すいじ)場(ば)へもんて隅(すみ)っこでこんもうなっとった。

ほしたら、おじゅっさんがやってきて

「忠七(ちゅうひち)、わしはこれからお客(きゃく)さんを送(おく)ってくるが、お前(まえ)は夜(よ)が明(あ)けるまで、ここから出(で)たらいかんぞ」

ちゅうて、出(で)ていきかけた。忠七(ちゅうひち)があわてて

「おじゅっさん、わしはお客(きゃく)さんの話(はなし)を聞(き)いてしもうた。村(むら)を焼(や)かれたんでは、あしたから暮(く)らすことがでけん。どうかうちんくだけは焼(や)かんようお客(きゃく)さんに頼(たの)んでつかはれ」

ほしたら、おじゅっさんが

「よっしゃ、お前(まえ)の家(いえ)は焼(や)かんよう頼(たの)んでやる。今夜(こんや)は外(そと)へ出(で)るなよ」

って、言(い)いおいて客(きゃく)と一緒(いっしょ)に出(で)てしもうた。

やがて、忠七(ちゅうひち)がふもとの村(むら)を見(み)ると、もう火(ひ)の海(うみ)じゃった。

夜(よ)が明(あ)けたんで、ふもとの村(むら)を見(み)た。村(むら)の焼(や)かれた家(いえ)から、煙(けむり)が上(あ)がっとんのに、忠七(ちゅうひち)んくだけが焼(や)け残(のこ)っとった。

おーしまい。

◆注釈

【大(おお)けな】大(おお)きな
【ほんなに】そんなに
【おっきょう】大(おお)きく
【ちゅう】という
【こんまい】小(ちい)さい
【ほの】その
【ようけ】たくさん
【ほして】そして
【やといど】雇(やと)い人(にん)
【いなした】帰(かえ)らせた
【晩(ばん)げ】晩方(ばんがた)
【ほれから】それから
【ようけ】たくさん
【ちわれとった】といわれていた
【ほんで】それで
【ともて】と思(おも)って
【ほやけど】けれども
【おぶけてしもうた】驚(おどろ)いてしまった
【ほしたら】そうしたら
【ほん中(なか)】その中(なか)
【もんて】帰(かえ)って
【こんもう】小(ちい)さく
【ほしたら】そうしたら
【ちゅうて】といって
【しもうた】しまった
【うちんく】自分(じぶん)の家(いえ)
【つかはれ】ください