第14号特集-「お彼岸」の話-

第14号特集 .「お彼岸」の話(H19.3.15)

○はじめに

一年には昼と夜の長さに関係する四つの節目の日があります。

昼の長さが一番長い日を夏至と呼び、逆に夜の長さが一番長い日を冬至と呼びます。

そして、あると秋の、昼と夜の長さがちょうど同じになる日をそれぞれ春分の日、秋分の日と呼びます。

この春分の日と秋分の日の時期は「お彼岸」と呼ばれ、ご先祖のお墓参りなどをする、仏教では大切な日となっているのはご存じの通りです。

今回はこのお彼岸のご紹介です。

○お彼岸の意味

どうして仏教ではこの春分の日、秋分の日がお彼岸として大切にされているのでしょうか。

それは、昼と夜が、私たちの住む生きている世界と、亡くなった人のいる仏様の世界に例えられるからです。

そして、その長さが同じであるこの時期は、私たちの住む世界と仏様の世界がもっとも近づいている時期だと考えられているからです。

彼岸とは、三途の川を挟んであちら側の岸、つまり仏様の世界という意味です。

逆に私たちの世界は、こちら側の岸、此岸(しがん)と呼ばれます。これら二つの岸の距離、つまり、仏様の世界と私たちの世界がもっとも近づいているのか春分、秋分の日なのです。

また、春分、秋分の日には、太陽が真西に沈むことより、まっすぐ西方の阿弥陀様の極楽浄土に向かっているという考え方もあります。

このように、春分、秋分の日は一年のうちで、仏様の世界を近くに感じられる日であるといえます。

ですから、このような仏様の世界を近くに感じられる日にご先祖様のお参りをすると言うことは、最もご先祖様に気持ちが通じ、またご先祖様からのご加護をいただけると考えられているのです。

○彼岸は悟りの世界

ところで、彼岸にいくと言うことは、仏様の世界に行くこと、つまり悟りをひらくということと同じ意味です。

ですから、彼岸は「ご先祖様の世界」というだけではありません。

今は生きている私たちの世界とは別の向こう側の世界でも、私たちがいつかたどりつく「悟りの世界」でもあるわけです。

○悟りの世界に往くために

それでは、私たちがいつか無事に悟りの世界にたどり着くために、今、しなければいけないことは何でしょうか。

まずは、先祖に対する感謝の気持ちを持つことです。

私たちは、両親、祖父母、そのまた両親と、遡れば数え切れない人たちの縁によってこの世に生を受けています。

そのうちのただ一人でも欠けていれば私たちはこの世に存在していません。

ですから、私たちをこの世に生み出し、そして今は悟りの世界から見守ってくれているご先祖様に感謝して生きていくことが、大切なことなのです。

次に大切なのは、よい行いをして生きることです。

仏教では、悟りの岸に到達するために、生きている間にやらなければいけない行いを「波羅密行」と呼んでいます。

「波羅密」の語源は梵語の「パーラミタ」で、訳すると「到彼岸」、彼岸にいくこと、つまり悟りを開くことです。

般若心経に出てくる「はんにゃ~はらみた~」の波羅密多といえば、ご存じの方も多いはずです。

これらの、「波羅密行」は、全部で六つあるので、総称して「六波羅密」とばれています。

「六波羅密」とは

一、布施、与えること(布施)

二、戒律を守ること(持戒)

三、苦難に耐え忍ぶこと(忍辱)

四、真実の道をたゆまず実践すること(精進)

五、精神を統一し安定させること(禅定)

六、迷いなき真実の知恵を得ること(知恵)

の六つの行いです。

詳しくは菩提心の三号「お仏壇と六波羅密」、第四号「布施のお話」でご紹介していますのでそちらの方もぜひご覧ください。

○おわりに

彼岸とは、亡くなった方のいる世界であり、仏様のいる悟りの世界であることがおわかり頂けたかと思います。

一年に二回のお彼岸の時期が、

ご先祖様を思い出し、その恩徳に感謝をすると共に、

私たちがいつか仏様の世界にいくための正しい行いを見つめ直す、

素晴らしい機会になることをお祈りしています。

(以上)

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