菩提心29号-箸蔵寺の団十郎の灯籠の謎-

第29号特集.箸蔵寺の団十郎の灯籠の謎(H27.3.15)

箸蔵寺の護摩殿の前に一対の灯籠が建っています。
この灯籠を寄進してくださった方は、元七代目市川団十郎である市川海老蔵、江戸時代の歌舞伎役者です。
この灯籠には、海老蔵の名と、そのご子息である八代目団十郎以下七人の名前が彫られています。

下の段、右から

実は、この灯籠には一つ不思議なことがあります。普通、こういったものには、寄進された年が彫られていてもおかしくないのですが、この灯籠にはどこにも彫られていません。
不思議に思って調べてみることにしました。

歌舞伎役者は名前を襲名しながら出世していきます。
ですから、その名を名乗っている時期を調べるといつの時代かを特定することができるので、これを海老蔵とご子息たちに当てはめてみました。
長男が団十郎、二男が重兵栄、三男が高麗蔵・・・と照らし合わせていくと、この灯籠の時代は、1845年から1854年の間であると考えられます。

しかし、どうしても一人だけ名前と時代が合わないご子息がいます。
それは、一番最後に少し間を開けて彫られている、五男の権之助(ごんのすけ)です。
本来ならばこの時代には権十郎を名乗っているのずなのですが、まさか彫り間違えてしまったのでしょうか。

私は、ここに、この灯籠に年代が彫られていない理由と、父、海老蔵の想いが隠されているように思えてなりません。

実は、五男は、歌舞伎の河原崎家に養子に出されています。
彼だけは市川姓ではなく河原崎姓です。
灯籠の名前が兄弟の順ではなく、五男だけ最後で少し離れて彫られてあるのはそのためだと考えられます。
ちなみに河原崎権之助という名前は、市川団十郎と同じく河原崎で一番出世した名前「大名跡(だいみょうせき)」です。

これはあくまでも私の推測ですが、海老蔵は、養子に出した五男が大きく出世して欲しいという願いを込め、いつか名乗るであろう権之助の名前を彫り、その代わりにあえて年代を彫らなかったのではないでしょうか。
四国の田舎のお寺では、年代さえ彫らなければ、細かいことに気づく人はいないと思い、後世までに残る灯籠には息子の出世した名前を残してやりたかったのかもしれません。

その想いが通じたのか、五男は将来、河原崎権之助を名乗るだけでなく、なんと、若くして亡くなった八代目の跡を継ぎ、九代目市川団十郎として戻ってきます。
私はこの灯籠には、「父の、子に対する想い」が込められていると思っています。

箸蔵寺には百五十年以上の歴史を超え、現在もなお、団十郎を名乗った三代の方々が刻まれた灯籠が佇んでいます。
ご来山の際はこんなストーリーを感じながらこの灯籠を眺めていただけると幸いです。

(以上)

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“菩提心29号-箸蔵寺の団十郎の灯籠の謎-” への1件の返信

  1. 知らなかった事がわかって良かった。歌舞伎の世界は奥が深いと思いました。