-始まり-

人は、恥ずかしさを隠すため、小さな嘘をつく

その嘘がばれそうになると、もっと大きな嘘を重ねて自分を護る

何度も重ねた嘘はいつか綻(ほころ)び、いつか全てが明るみに出る

その時には、最初に隠したものよりも、遥かに大きな恥ずかしさを味わい

護りたかったもの全てを失う

そして思う
こんなことになるくらいなら…

そして考える
どこで間違ったのだろうか…?

それは、「小さな恥」をかくことができなかった処から

 

真言宗の法要の最後によく用いられるお経の一つ「至心廻向」は懺悔随喜(さんがいずいき)という言葉で始まります。
「これまでの諸々の罪を懺悔し、仏様に見守られていることを喜ぶ」という意味ですが、懺悔なくしては随喜はありません。
自身から逃げずに向き合い、これまでの行いをしっかり懺悔したとき、その先に、心からの随喜、平安が訪れます。

ちょっとだけ勇気をもって、小さな恥から逃げずに、大きな罪になる前に懺悔し、後ろめたさを持たない心穏やかな日々を過ごしていきたいものです。