「もしもこの世が舞台なら 楽屋はどこにあるのだろう」というタイトルのテレビドラマが放映されていましたが、若い頃、このドラマのタイトルと同様に、人生を舞台に例えて考えたことがあったので、ここにご紹介させて頂きたいと思います。
久々の宗教色レベル高です。ドラマの内容とは一切関係なく生死観についての内容となります。
人生が舞台の上で、生まれる前や死んだ後が舞台の外という考え方は、「舞台の上が演技」で、「舞台を降りると現実」であると捉えることもできます。
この、「今生きていることが本質ではない」という考え方は、
命あるものは必ず死に、形あるものは壊れるという考え方(諸行無常)、
私たちは(人として)本質より生み出され、死によって生み出された元に返っていく考え方(五大所成)
に共通しているように感じます。
今回は、この舞台という設定にこだわって、生死観についてお話しさせて頂きたいと思います。
ここは舞台と舞台裏しかない世界、上演されている舞台にエンディングはなく、未来永劫、永久に上映されていく...
もし、生まれ変わり(輪廻転生)があるという考え方ならば、
楽屋に戻った役者(一度死んだもの)は、また新しい役(別の生)をもらって舞台に戻っていき、全ての演技が終わればまた楽屋に戻っていくという繰り返し。
そして、次にどのような役がもらえるかは、演技の出来(どのように生きたか)に左右される。
という設定が考えられます。
この設定を信じて生きるならば、私たちは死んでおしまいの存在ではなく、死んだり生きたりを無限に繰り返す存在となるので、今世はダメでも次に期待と思える反面、今が来世につながっている以上、「今さえよければ」が未来のツケになるので、何があっても投げやりになれない大変さがあります。
次に、生まれ変わりがないという考え方ならば、
自分の出番が終わると二度と舞台に上がることはなく、役目を終えたおびただしい数の演者が舞台裏に押し出される。
そして、二度と出番のない役者とは関係なく、これから先も舞台は永遠に続いていく
また、楽屋の方には新たにおびただしい数の新しい演者が次の出番を待っている。
これらの多くの人は、どこから来るのか、そしてどこに行くのか...?
天国や地獄があると考えているなら、舞台を降りた人はどちらかに振り分けられてそこで永久に過ごし、
死後は無であるという考えならば、舞台を降りた人はその場で消滅していなくなる。
ということでよいのでしょうか...。
この設定を信じて生きるならば、
天国や地獄を信じている人は、「逝く先は、今をどう生きたかの結果」と捉えるるのではないかと思います。
ただし、天国や地獄といっても様々な宗教や思想があるのでその姿は異なり、自分の行く先をイメージすることが難しい人も多いかもしれません。
一方、「死後は無である」と信じている人は、来世に囚われて生きる誓約からは開放されるかもしれませんが、「これからも続く世界からいなくなったまま」ということを受け入れることはかなり大変なことで、また、受け入れたと思っていても本質的には解っていない方も少なからずいます。(例えば、「生きた証を残したい」という考え方は、死んだ後でも自分を覚えておいて欲しいという死後の自分が喜ぶ考え方のはずなのに、死後は無だといいながらそういう話しをする方がいます。死の1秒後には自分の感情など存在しない世界と考えているなら、いったい誰に向けて自分を残しておきたいのかと。)
デスノートのコミック板のラストで、キラである夜神月は、「死後は無である」ということを理性では納得していたのにも関わらず、いざ直面した時は取り乱し恐怖におびえながら死んでいくというふうに描かれていました。
人生を舞台に完全に例えきるということ自体に無理はあるので、どこまで皆さんの腑に落ちるかは分かりません。
しかし、たとえそうだとしても、「自分は死には縁がない」と思っている方々に対し、
・一生という言葉通り、一度生まれた限りは誰もが一度死ぬということ
・死後の世界があるかないかは分からなくても、自分に関係なく死後の時間は恒久に続いていくということ
・その恒久の中で、自分がどうなっていくのだろうかを考えること
を考える一つのの機会になればと思います。
世の中には様々な宗教や思想があり、様々な生死観があります。
どのような生死観を持ち、どのような覚悟を持つかを少しでも考えておくと、この生をどう過ごすかの指針になるかと思います。
いざ直面して慌てる前に少しだけでも考えてみては如何でしょうか。
(今回は法話ではないのでは密教的な生死観をあえて述べておりません。)
追記
六道輪廻という考え方なら、舞台は一つではなく演目の違う六つの舞台があるということなのか?
また、輪廻からの解脱ー死んだり生まれ変わったりのループから抜け出すーというものがあるとすれば、ここでは、役者として出演し続けるのではなく、舞台の運営側になって、全てを回す存在になるということなのか?